匿名希望のおでんFortranツヴァイさん太郎

生き物、Fortran、川について書く

コミュニケーション重視か文法重視かという語学教育における不毛な議論

あるとき大学の近くのお店で食事をしていると,こんな会話が聞こえてきました.

「ドイツ語の授業では文法ばかり教えられる.もっとコミュニケーションを重視しないと実践で使えない.」

文法を重視した語学教育への批判は昔からあります.コミュニケーション重視(あるいは会話重視)か文法重視かという議論は,日本ではとりわけ英語教育で幾度となく繰り返されてきました.

この議論は極めて不毛です.簡単な理由です.文法を知っていれば読み書きができ,自身の意思を相手に伝えられるからです.コミュニケーションか文法かという議論は本来生じるはずがないのです.

実際,communicationを調べてみると*1

the activity or process of expressing ideas and feelings or of giving people information

となっています.したがって,コミュニケーション能力とは正確に考えを伝える能力と言えます.正確な情報伝達が文法なしに成立するわけがありません

「文法はわかるがしゃべれない」という方は文法をわかっていないか,瞬間的に英作文をする能力が不足しているだけです.聞き取りができない方は訓練不足です.また,両者に共通する要素として,無意識に意味を認識できる単語の量や構文把握能力が不足しています.例えば,dogやThis is a penは思考することなく意味が分かる人が大多数でしょう.これと同じことを,伊藤和夫氏は英文解釈教室*2のはしがきで次のように述べています.

言語の習得は理解が半分、理解した事項の血肉化が半分である。

文法はある程度理屈なので教えられます.しかし,瞬間英作文能力や聞き取り能力は練習で得るものです.時間が限られている授業の中で行うことではありません.発音の訓練には矯正してくれる先生が必要であり,それこそ一対一で教えるものです.集団教育では無理です.

結論として,コミュニケーションを重視するならなおさら文法を教える必要があり,瞬間英作文力や聞き取り能力の強化は個人の訓練にゆだねるものであるということです.

最後に,英文解釈教室のあとがきから文章を引用します.外国語習得における文法学習の最終目標を述べたものです.そして,最も大事であり,最も理解されていないことです.

読書にあたって、われわれはたえず形式と内容の両面から考えているはずであるが、本書の内部にいるかぎり、常に形式面の考慮が優先していた。しかし、数多くの書物を読み、多くの英文にふれて英語に慣れることによって、形式に対する考慮はしだいに意識の底に沈んでゆく。やがては、形式上特に難解な文章にぶつからぬかぎり内容だけを考えていればよくなる。その時、つまり、本書の説く思考法が諸君の無意識の世界に完全に沈み、諸君が本書のことを忘れ去ることができたとき、「直読直解」の理想は達成されたのであり、本書は諸君のための役割を果たし終えたこととなるであろう。

*1:https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/communication (2018年10月14日訪問)

*2:伊藤和夫(1997)英文解釈教室改訂版.研究社.

英文解釈教室 改訂版

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