匿名希望のおでんFortranツヴァイさん太郎

生き物、Fortran、川について書く

統計モデルと推測方法と計算手法の区別

統計学では真の分布(一般的に未知)からサンプルが生成されると考えます.分析者は統計モデルを構築し,その統計モデルとサンプルから真の分布を推測します.これが統計学における問題設定です*1

同じ統計モデルでも推測方法が違えば予測分布(推測された分布)は異なります.代表的な推測方法は最尤推測やベイズ推測です.

その推測方法を実行するための計算手法も様々です.例えば,ベイズ推測に必要な事後分布は多くの場合MCMCで求めますが,MCMCにはメトロポリス法,ギブスサンプラーハミルトニアンモンテカルロ法をはじめ,様々なアルゴリズムがあります.

それぞれの推測方法の特徴や適用条件については別稿に譲ります.本稿で強調したいのは,統計モデルと推測方法と計算手法は区別すべきだということです.

これは支配方程式,離散化手法,計算手法の区別と似ています.例えば,移流方程式は支配方程式,有限差分法は空間方向の離散化手法,ルンゲ-クッタ法は時間方向の離散化手法,ガウス-ザイデル法は離散化により構築した連立一次方程式の数値解法です.

上述の例に無理やり対応させると,一般化線型モデルなどの統計モデルは支配方程式に,ベイズ推測などの推測方法は時空間の離散化手法に,メトロポリス法のような計算手法は連立一次方程式の数値解法に対応すると思います*2

サンプルサイズや統計モデルに応じて適用できる推測方法は違います.例えば,最尤推測とベイズ推測の推測精度*3はある条件下では同じくらいですが,より一般的な条件下では最尤推測よりもベイズ推測の方がよい推測を与えることが数学的に示されています*4

近年統計モデリングが盛んですが,ユーザーだからといってソフトやパッケージ任せにせず,利用している統計モデル,推測方法,計算方法の特性を理解する必要があると思います.

*1:分散分析などでも統計モデルが設定されています.

*2:支配方程式と数値手法の問題は,その数値手法で支配方程式の真の解をどの程度近似できるかです.一方,統計モデルと推測方法の問題は,統計モデルと推測方法で真の分布をどの程度近似できるかです.問題の性質が違うので,厳密な対応関係ではありません.

*3:汎化損失(簡単に言うと,真の分布と予測分布の差)が小さいほど精度がよい

*4:Watanabe, S. (2018) Mathematical Theory of Bayesian Statistics. Chapman and Hall/CRC. pp.234--237.

Mathematical Theory of Bayesian Statistics (Chapman & Hall/Crc Monographs on Statistics & Applied Probability)

Mathematical Theory of Bayesian Statistics (Chapman & Hall/Crc Monographs on Statistics & Applied Probability)

外国語を使える能力と外国語によるコミュニケーション能力は別物

コミュニケーション重視の語学教育をするなら,なおさら文法を重視すべきであるという記事を書きました.
y-tis.hatenablog.com

本稿では外国語を使える能力とコミュニケーション能力は厳密には違うことを説明します.

先の記事と同じく,コミュニケーション能力とは正確に考えを伝える能力と定義します

私は英語を読み書きする程度の能力はありますが,どんな国の英語話者ともペラペラしゃべれるわけではありません*1.しかし,ペラペラ会話ができないことは意思疎通ができないことを意味しません

講演のように,一方的に話をされる時に聞き取りができないのは確かに致命的です.しかし,日常会話は違います.聞き取れなかったら「もう一度言ってください」,聞き取った内容に自信がないなら「あなたが言っているのはこのような意味であっていますか」と確認できます.ただし,そのためには自分の考えを正確に表現しなければなりません.従って,正確な意思疎通には文法が必要ですしかし,これだけでは不十分です

私は所属研究室に来た留学生のために,各種手続きや契約時の通訳をよく担当します.私が英語の聞き取りが苦手なことを彼らは知っているのでゆっくり話してくれますし,聞き取れない単語を紙に書いてくれたりします.彼らが使った単語の意味が分からない時は,意味を尋ねて教えてもらいます.その結果,私は彼らの言うことが理解でき,彼らの疑問や要望を日本語にして先方に伝えることができます.

逆に,先方の日本語や契約書の内容を翻訳する際,直接訳せない時は具体的な例を出したり図解をして説明します.その内容を聞いて彼らは質問したり,「つまり,何々ということだね」と確認をしてくれます.

我々の間にかわされる会話は決して流暢ではありません.しかし,互いの考えを伝えることには成功しています.このように,コミュニケーションは双方の思いやりと会話技術がなければ成り立ちません.これは明らかに外国語を使えることとは別次元の能力です.当然,語学教育の体系に含まれるものでもありません.

重要なのは,コミュニケーションは両者が思いやりを持って初めて成立することです.外国語がペラペラでも,どちらかの思いやりが欠如すればコミュニケーションは失敗します.聞いてもらおうとする努力,聞こうとする努力が大切なのです.先の留学生達は私のつたない通訳に文句を言うどころか,もっと英語が上手な日本人がいる時でさえ,しばしば私を頼ってくれます.それは,思いやりが互いに成立する人だと認識してくれているからだと思います.逆に,私は彼らが思いやりを持つ人だと思っているからこそ,助けになろうと思うのです.

*1:国ごとに訛りや癖が違うので,聞き取りやすさが全く違います.

コミュニケーション重視か文法重視かという語学教育における不毛な議論

あるとき大学の近くのお店で食事をしていると,こんな会話が聞こえてきました.

「ドイツ語の授業では文法ばかり教えられる.もっとコミュニケーションを重視しないと実践で使えない.」

文法を重視した語学教育への批判は昔からあります.コミュニケーション重視(あるいは会話重視)か文法重視かという議論は,日本ではとりわけ英語教育で幾度となく繰り返されてきました.

この議論は極めて不毛です.簡単な理由です.文法を知っていれば読み書きができ,自身の意思を相手に伝えられるからです.コミュニケーションか文法かという議論は本来生じるはずがないのです.

実際,communicationを調べてみると*1

the activity or process of expressing ideas and feelings or of giving people information

となっています.したがって,コミュニケーション能力とは正確に考えを伝える能力と言えます.正確な情報伝達が文法なしに成立するわけがありません

「文法はわかるがしゃべれない」という方は文法をわかっていないか,瞬間的に英作文をする能力が不足しているだけです.聞き取りができない方は訓練不足です.また,両者に共通する要素として,無意識に意味を認識できる単語の量や構文把握能力が不足しています.例えば,dogやThis is a penは思考することなく意味が分かる人が大多数でしょう.これと同じことを,伊藤和夫氏は英文解釈教室*2のはしがきで次のように述べています.

言語の習得は理解が半分、理解した事項の血肉化が半分である。

文法はある程度理屈なので教えられます.しかし,瞬間英作文能力や聞き取り能力は練習で得るものです.時間が限られている授業の中で行うことではありません.発音の訓練には矯正してくれる先生が必要であり,それこそ一対一で教えるものです.集団教育では無理です.

結論として,コミュニケーションを重視するならなおさら文法を教える必要があり,瞬間英作文力や聞き取り能力の強化は個人の訓練にゆだねるものであるということです.

最後に,英文解釈教室のあとがきから文章を引用します.外国語習得における文法学習の最終目標を述べたものです.そして,最も大事であり,最も理解されていないことです.

読書にあたって、われわれはたえず形式と内容の両面から考えているはずであるが、本書の内部にいるかぎり、常に形式面の考慮が優先していた。しかし、数多くの書物を読み、多くの英文にふれて英語に慣れることによって、形式に対する考慮はしだいに意識の底に沈んでゆく。やがては、形式上特に難解な文章にぶつからぬかぎり内容だけを考えていればよくなる。その時、つまり、本書の説く思考法が諸君の無意識の世界に完全に沈み、諸君が本書のことを忘れ去ることができたとき、「直読直解」の理想は達成されたのであり、本書は諸君のための役割を果たし終えたこととなるであろう。

*1:https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/communication (2018年10月14日訪問)

*2:伊藤和夫(1997)英文解釈教室改訂版.研究社.

英文解釈教室 改訂版

英文解釈教室 改訂版

光のさし方や加減が気に入っている写真

ピントがあっていなかったり,ぶれていたりしても,光のさし方や加減で写真の全体の印象は変わります.もちろん構図もピントもよろしけば申し分ありません.光のさし方と加減がよいなと思っている写真をフォルダの中からいくつか取り上げました.

ほとんどが偶然の産物ですが,ホワイトバランスをいくつか変えて撮った結果得られたものもあります.

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河川における湧水環境

一般に河川環境は同一河川内でも場所によって異なっています.例えば,ワンドのような淀んだ場所は水の入れ替えが少ないため,夏場は水温が高くなりがちです.一方で,湧水は夏場でも水温が低いのが特徴です.ワンドであっても湧水が豊富に供給されれば水温が低く保たれます.河川の水温が極めて高い場合は湧水の湧出する場が避暑地として機能します.アユは水温が高いときに深みや湧水のある場所に避難します(土用隠れ)*1


こうした低水温環境が形成されるおかげで,タカハヤなどの上流域の魚が中流部で生存していいることもあります.
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湧水は砂州尻ワンドや中州脇のほか,地下水の豊富な場所では河岸からも湧出します.地中を通る間に懸濁物が除去され,以下の写真のように透明度が高くなるのも特徴です.
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目当ての生き物が湧水内にいると懸濁物に邪魔されずにきれいに撮ることができます.
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夏場であれば川に入れば水温の違いでどこに湧水があるのかが分かります.冬の場合は湧水の方が温かいので湧水が上層に上がり,熱赤外カメラで探すことができるようです*2.興味のある方は自分の身近な河川で探してみてはいかがでしょうか.

*1:中川光,三品達平,竹門康弘(2015) 京都府鴨川下流域におけるアユ (Plecoglossus altivelis altivelis) の生息場所利用と成育状況.応用生態工学,18(1),53--63.

*2:萩原良巳,萩原清子,小尻利治,鈴木淳史,河野真典(2009)底生動物群集と印象による水辺環境評価.京都大学防災研究所年報,52(B),851--865.

水生生物の証明写真

写真家の今森光彦氏の作品に『昆虫記』という作品があります.
今森氏の代表作といえるでしょう.

昆虫記 (写真記シリーズ)

昆虫記 (写真記シリーズ)

本書にはヒキガエルの0.2秒の捕食シーンの連続写真やダンゴムシの断面図など,興味深い写真が数多く掲載されております.幼いころ何度もページをめくったものです.

それぞれの写真群の表題もよく考えられています.例えば,「瞬間必殺術 ヒキガエルに食べられるオカダンゴムシ」(pp.16--17),「専業主夫 タガメの産卵」(pp.50--51),「ヒコーキ野郎への変身 ヤブヤンマの羽化」(pp.60--61)などです.

幼い私に強烈な印象を残したものの一つが「我ら地球人 虫の顔」(pp.44--45)です.このページでは虫の顔が主に正面から(一部は斜めから)撮られています.さながら証明写真のようです.

自分のカメラ(TG4)を買ってから色々な生き物の写真を撮ってきました.そして正面からの生き物の顔を,いつしか自分でも撮るようになりました.今回はそのいくつかを紹介します.魚の正面をとらえるのは底生魚でも難しいです.ヌマチチブ2枚目,アユ,オイカワ以外はなかなか気に入っています.


ウシガエル
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ニホンイシガメ
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スッポン
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ヌマチチブ
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カワヨシノボリ
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アユ
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イカ
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ヒゲナガカワトビケラと河床環境

ヒゲナガカワトビケラトビケラ目ヒゲナガカワトビケラ科の昆虫です.
幼虫の時は水中生活をし,成虫になると陸上にでます.

幼虫はこのような見た目です(暗くて見づらいかもしれません).

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幼虫は礫の裏や隙間に網を張って固着巣をつくります.網に引っ掛かった流下物を摂取します.
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巣はかなり固着する力が強く,網でつながれた石は自重程度では落ちません.
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ヒゲナガカワトビケラの多い場所では,造巣活動によって石と石が結合され,河床が固化されます.
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トビケラの中には他にもこのように網を張る種がいます.これらの種によって石の表面の環境が変化し,別の生物に新たな生息場を提供したり,逆に別の生物が石の表面を利用する際の妨げになったりします.